和菓子と酒

元旅行ガイドブックの編集者。和菓子とお酒についてが8割、その他2割くらいの割合でやっていけたらいいなと思ってます。

「とらやの羊羹デザイン展」がすばらしかった話

f:id:shima_emk:20190116202525j:plain

2018年10月1日~12月30日に開催された「とらやの羊羹デザイン展」


日本を代表する高級和菓子ブランド「とらや」。
北は札幌、南は熊本まで、なんなら海外・パリにまで出店しているほどの有名店であり、近年ではカフェスタイルの新業態の店舗「 TORAYA CAFÉ 」をオープンさせるなど、ますます勢いを増し続けている和菓子ブランドだ。

東京・赤坂に本店を構えるとらやだが、本社社屋の建て替えのため2015年からしばらく休業となっていた。そして2018年10月、3年の年月を経て改装工事が完了し、リニューアルオープン。リニューアルによってお店は4階建ての建物に生まれ変わり、地下1階部分にはとらやの企画展示が楽しめるギャラリーが新設された。

この記事では2018年10月1日〜12月30日にかけて開催された企画展示「とらやの羊羹デザイン展」について、同様の展示をまたやってほしいなという強い希望を込めて、感想やら写真やらをまとめたいと思う。

 

手みやげ、何にしようか困ったらとりあえず「とらや」

伊勢丹三越高島屋といった主要デパートの和菓子フロアには必ずある(と言っても過言ではない)和菓子の有名ブランド「とらや」。
室町時代に京都で創業したのち、明治時代以降に東京に移転したという歴史があり、以後、日本を代表する老舗和菓子ブランドとして高い知名度を誇っている。
素材の質の高さや味の安定感はもちろんのこと、高級感あふれるパッケージや老舗ブランドならではの信頼性も兼ね備えていることから、手みやげ選びで迷った際にも「とりあえずとらやの羊羹を買っていけば安心」という万能さ。
上司や取引先、交際相手の親など、目上の人への贈り物としても活躍してくれる、非常に便利でありがたいお菓子屋さんなのだ。

 

2018年10月にリニューアルオープンした赤坂店

そんなとらやだが、店舗の種類は大きく2つに分けられており、デパートなどの商業施設内に入っているいわゆる「販売店」と、喫茶・虎屋茶寮を併設する「直営店」がある。
その直営店の一つである「とらや 赤坂店」が装いを新たに、2018年10月にリニューアルオープンした。
建物の設計を担当したのは、数々の美術館や博物館、駅などの設計を手がけていることでも有名な建築家・内藤廣氏。建物の外観はガラス張りとなっており、内部は自然採光を取り入れた明るい空間に仕上げられている。
1階、2階は販売フロアで、羊羹をはじめとするとらやの定番のお菓子のほか、豆皿やトートバッグ、一筆箋といったオリジナルグッズなどを販売。
3階は喫茶フロアとなっており、上生菓子や軽食、お茶などが味わえるスペースに、赤坂店限定商品である「残月」などを製造する工房・御用場を併設。御用場ではガラス越しに菓子の製造過程を見学することも可能だ。
地下1階は企画展用のギャラリースペースで、今回ご紹介する「とらやの羊羹デザイン展」このフロアにて開催されていた。

f:id:shima_emk:20190116203528j:plain

平日の昼間に行ったところ、ほぼ貸し切り状態で楽しめました

 

ただひたすらに羊羹の図案が並ぶ、その数なんと約450点

f:id:shima_emk:20190116204229j:plain

圧巻である

展示内容の感想を述べる前に、まず「とらやの羊羹デザイン展」の概要を説明したいとしたいと思う。この企画展では、とらやで保管されている菓子見本帳(お菓子の図案を記録したデザイン集のようなもの)に描かれている図案から羊羹のデザインのみをピックアップ、約450点もの図案が公開・展示されていた。
ギャラリースペース内は入場無料となっており、写真撮影もOK。案内スタッフの方が常駐してるため、気になることがあったらすぐに質問でき、詳しい解説を聞くこともできるというのも嬉しい仕様であった。

ギャラリー内には、図案がプリントされたパネルが壁一面に並べられており、パネルの下にはそれぞれ描かれている和菓子の名前と、その名前の由来や解説などが書かれた冊子が添えられていた。
展示のメインはこれらの菓子見本帳の図案なのだが、ギャラリーの中央には餡を練る用の大きな鍋が設置されていたり、菓子の原材料の産地が一覧でわかる日本地図のディスプレイが置かれていたりと展示内容にも工夫がなされており、和菓子をより身近に感じてもらいたいという、とらやの想いが感じられた。

f:id:shima_emk:20190116204517j:plain

実際に販売されている商品が図案の隣に展示されていたりもする

和菓子の名前に込められた作り手の想いを読み解く

図案のビジュアルをひたすら眺めるという楽しみ方が一般的だと思うのだが、個人的には図案に添えられている和菓子の菓名と、その菓名の由来やお菓子にまつわる解説文を読むのがとっても楽しかった。

f:id:shima_emk:20190116205026j:plain

パネルの下にそれぞれの菓子の解説が書かれた冊子がぶら下げられている

今回の展示の主役である羊羹をはじめ、和菓子の名前には季節や素材、歴史、地名、文化、色、歌(これ以上にももっとたくさんあると思われる)といったさまざまな要素が集約されているものが多くあり、そのひとつひとつに作り手の想いが込められているのを感じられる。

外国のお菓子にも、聖人の名前や行事にちなんだものなどなど、さまざまな由来や歴史を持つ名前が数多くあるものの、ここまで奥深く考えられているものって日本独特のものなのかなと。
(外国のお菓子についても、そのうち掘り下げて調べてみたいところではあるが)

 

今回の展示で特に印象に残ったのは「俤(おもかげ)」という名前の和菓子。
図案では黒一色の長方形で、他の図案と比べても何とも味気ないものなのだったのだが。
解説文をまるっと引用すると、

===

「おもかげ」とは、記憶に残る人や事物を思い起こさせる、奥ゆかしい言葉です。原料となる沖縄県西表島特産の黒砂糖の独特の風味に、なつかしい昔を思い出す人も多いことでしょう。

===

とのこと。
・・・ちょっと、奥深すぎやしないか?????
おそらく、菓子の名前も、その名前の由来も知らずに味わっただけでは、ただ「おいしかった」とか、「この羊羹、黒砂糖の味がしたな」くらいの感想しか残らないだろう。
しかし「おもかげ」という菓子の名前と、名前に込められた想いを思い浮かべながら口に入れることによって、より深く、しみじみ味わうことができると思うのだ。
人によってはその懐かしい情景を思い浮かべたり、昔の記憶を思い出したりといったこともあるのではないだろうか。
そんなことを思うと、和菓子の名前、尊い...!という気持ちでいっぱいになるのである。

f:id:shima_emk:20190116211952j:plain

この一番右にあるのが「俤(おもかげ)」。とても地味だ

見本帳に載っている和菓子の中で、現在も販売されているものはほんの一部とのことであったが、客注という形でまとまった数が入り用なのであれば要相談で作ってもらうことも可能とのこと。
好みのデザインの菓子をオーダー。いつかやってみたい。

 

今後開催される企画展にも期待

2019年1月現在、すでに終了してしまっている「とらやの羊羹デザイン展」。スタッフの方によると、今後も同様のギャラリー展示を開催予定だそう。

そもそもこの菓子見本帳とは、その店に伝わるお菓子をまとめたもので、言うならば門外不出の一大財産である。それをこういった形ですべて公開してしまおうというのだから懐が広い。さすがとらやである。

正直、あまり和菓子に興味ない方であれば、10分くらい眺めれば満足してしまえるような内容ではあるものの、人によっては1時間でも2時間でもずっと眺めていられるほどの満足度の高い企画展であったと思う。

 

企画展を見たあとに味わう和菓子は、また違った味わいが楽しめるはず。

 

(2019年1月12日(土)〜2月24日(日)の会期で、第2回企画展「とことわの書―自然のことば―」が開催されているとのこと。行けたら行きたい)